いろはの日記

2月の漢字検定本番に向けて頑張ってます。

聚散十春(しゅうさんじっしゅん)

おはようございます。

先週の月曜と木曜、イタリア語の授業中に学習の一環として『イル・ポスティーノ』という映画を見ました。自宅のテレビでも金土に放映していた『スター・ウォーズジェダイの帰還』、『マン・オブ・スティール』の2作を2日連続見ているのでこの1週間は個人的映画週間でした。

ただ、これらの映画を見た理由はどれも能動的ではなく受動的なんです。『イル・ポスティーノ』は先生に次の授業時間は図書館のホールで映画を上映するから来てねと言われたからとりあえず行っただけで、あとの2作に関してはバイトの帰宅時間にリビングのテレビでちょうどやってたので、映画を鑑賞したというより晩御飯を食べながら画面を眺めていたという感じです。 

普段アニメばかり見ているのでいざ映画を見るとなると時間の長さに抵抗があるんですよね…アニメはせいぜい20分弱で1話が終わるのに対して、しっかり見るとなると途中休憩なしのノンストップで2~3時間話が続く映画はとんでもなく長く感じてしまいます。慣れの問題だとは思うんですが映画冒頭の導入部分はやはり退屈です。登場人物の人となりと舞台設定をある程度把握した時点でだんだん映画に引き込まれていくのでそこさえクリアできれば見続けられるんですけどね。

 

前述した『スター・ウォーズジェダイの帰還』と『マン・オブ・スティール』は本編全部を見ることが出来なかったので、今回はイタリア映画『イル・ポスティーノ』についてご紹介します。


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舞台はイタリアの小さな漁村。物語は主人公のマリオが一緒に住んでいる父から漁師にならないかと誘われたのを断り、家の外を歩いているときに郵便配達の求人ポスターを見つけるシーンから始まります。晴れて郵便配達員となったマリオですが、届け先はたった1軒、詩人であるパブロ・ネルーダの家のみで、給料はパブロから郵便と引き換えにもらうチップのみ。マリオはそれでもいいと仕事を引き受け、毎日のように丘の上のパブロの家に自転車で通いひたすら郵便を届けます。

このパブロ・ネルーダというのは実在人物で、チリの国民的詩人として知られています。チリでは共産党議員として活動していましたが、1948年のビデラ政権によって共産党が非合法化されたために、国外逃亡を余儀なくされました。その亡命先というのがイタリアだったのです。このような時代背景に基づいてこの映画は制作されています。

マリオはパブロのことを有名な詩人だと知っていてパブロの詩集も所有していたので、ある日パブロに本へのサインをお願いすることにしました。 

いつもならマリオが郵便を差し出し、パブロがチップを渡すことでやり取りはあっさりと終わります。この日のパブロの家を訪れたマリオはえらく緊張した面持ちで、郵便とは別に本を差し出し『サインをお願いしたい マリオ・ルオッポロです』と頼みサインをもらうのですが、郵便支局に戻って本を開いたところ自分の名前は書かれていませんでした。パブロにとって自分は一人の人間ではなくただの郵便配達員でしかないのだとマリオはひどく落ち込みます。

ただ、マリオはそこであきらめませんでした。パブロと本当の意味で友人になりたいと願っていたマリオは、今度はパブロの詩の表現の意味について本人に直接尋ねてみました。

するとパブロから『それは暗喩だ』 と言われ、マリオには暗喩の意味がよくわかっていなかったのでさらに質問すると具体例を返してくれたではありませんか。マリオは憧れの詩人パブロときちんと会話できた喜びを噛みしめてその日は岐路につきます。

今度は詩のフレーズの解釈について質問してみます。パブロはその質問に『それを説明すると詩の意味がなくなる 詩はそれぞれの心の中にある』と返答します。マリオはその答えに感銘を覚え、詩にのめりこむようになります。パブロの方も自分の影響でマリオがどんどん詩についての興味関心が高まっていることを理解していたので、次第に表現技法についての会話が弾むようになります。

2人は今までの一配達人と一受取人の関係から、詩について語り合える友人という関係に変わりつつありました。今までは玄関先のみでのやりとりだったのが、パブロの家の敷地内で話したり、一緒に海岸まで出かけて語り合ったりしました。

郵便を届けることがメインだったのが、語らうついでに郵便を届けることにシフトチェンジしたのです。マリオはとても幸せでした。

そんなある日、マリオはバールでベアトリーチェという美しい女性に出会います。しかし、この美しさを表す言葉をマリオは知りませんでした。そこで詩の名人であるパブロに相談し、ベアトリーチェの詩を一緒に作り上げ、その詩をもってマリオはバールに足しげく通いベアトリーチェを言葉で落とすことに成功しました。

すぐにマリオとベアトリーチェは結婚することになり、マリオはパブロに自分が結婚することが出来たのはあなたのおかげだと立会人をお願いしました。

村中の人が集まった幸せな結婚式の最中、パブロに一通の郵便が届きました。それは逮捕状解除の知らせで、パブロはイタリアを離れチリに戻ることになりました。

パブロとマリオは、必ずまた会えるから元気でとお互いを抱きしめたたえあい、別れを惜しみつつその時を迎えました。

パブロは忙しい人でしたから、1年経ってもイタリアに戻ってくることはありませんでした。マリオは新聞でパブロが今現在ロシアにいることを知ります。ついでにイタリアにも顔を出すかもしれないと期待しつつ、妻のベアトリーチェのお腹に宿っている小さな命に『「パブリーノ」と名付ける』といって否定されても頑固にそう言って聞きませんでした。

そして5年の月日が流れます。パブロがイタリアに、マリオがベアトリーチェと出会った思い出のバールに帰ってきました。そこにはパブリーノと呼ばれる小さな男の子と美しい女性の姿がありましたが、マリオの姿はありません。共産主義活動に傾倒したマリオは、デモで自分の子供が生まれる3日前に命を落としていたのでした。

マリオはいつかパブロがイタリアに戻ってきたときのために、パブロが丘の上の家に残した蓄音機にイタリアで自分が感じた自然の美しさを自分の肉声で、自分のありったけの詩の表現で残していました。

パブロがマリオと語らいあった海岸を歩きながら、その詩を思い出しているシーンで映画は終わります。

 

今日のブログタイトル「聚散十春」は、仲間と別れたあと、あっという間に長い年月が過ぎ去るという意味です。(「聚散」は人が集まったあとに離れること。「十春」は春が十回来るという意味から、十年という意味。)出典は杜甫の詩です。

今回は郵便と詩がテーマの映画紹介でした。

再会が叶わなかったマリオとパブロの2人ですが、パブロは自分と会わなければマリオは共産主義的な影響は受けず、共産デモで命を落とすこともなかったのではないかと後悔しているのでしょうか。パブロの心情が明確に表されないまま映画はエンドロールに突入してしまったので詳しくは想像するしかないのですが、パブロがマリオの訃報を聞いてからのなんともいえない表情はとてもつらかったです。パブロ役のフィリップ・ノワレさんが悲しいとも怒っているとも笑っているともつかない顔をされているんですよね。こればっかりは見ていただかないと伝えることが出来ないです。とにかく映画後半の展開が怒涛で映画を見終わった後は意味をうまく飲み込めず呆然としていました。このブログを書くことによってようやく自分の中にうまく映画を落とし込むことが出来ています。

ただ、明確なパブロの気持ちが表されなかったことにより、パブロが劇中で言った『詩はそれぞれの心の中にある』というセリフの意味を私たちに追体験させてくれているのかもしれませんね。

 

聚散十春(しゅうさんじっしゅん) 意味:仲間たちが別れ散ってから、あっという間に月日が過ぎ去ってしまったということ。